社員を想う。目の前の仕事をしっかりやる。【伍代商事 橋本社長】

―――まずは橋本さんの経歴についてお伺いします。20歳で独立されたということですが、独立をするに当たってのきっかけなどはあったのでしょうか?

高校を卒業してすぐにトラックの運転手になりました。私が小さかった頃に、菅原文太の『トラック野郎』という映画が流行りまして、「ああいう仕事をやってみたいな」と思ったのがきっかけです。

それまでは、料理が好きでコックも目指していましたので、ラーメン屋などで働いていました。そして18歳になると同時にトラックドライバーになったという形ですね。初めは家具を運んでいました。

ある家具の問屋に一台だけ4トン車がありまして、そこで運転手をやっていましたね。その後、1年半くらい経ったころにトラックが壊れてしまいました。「どうするのですか?」と聞いたところ、「自分で買ってみろ」と言われまして、私の父親に頭を下げて保証人になってもらい、4トン車を買いました。そして昭和59年、持ち込みドライバーとして働き始めたのが独立のスタートです。


―――その時代は『持ち込み』という文化はすでにあったのでしょうか?

その頃私は、家具の問屋から仕事をもらっていましたが、半分くらいが持ち込みの運転手でした。色々な独立の形があるのだとは思いますが、私の場合は、問屋のトラックが壊れたというのがきっかけでしたね。





―――最初はご自身で独立をして仕事をされていた中で、「社員を増やそう」と思う様になったきっかけはあったのでしょうか?

野心や夢というものは、特にありませんでした。その当時はトラックに装飾をしていたのですが、その周りにそのようなトラックが好きな人たちがついてきていたのです。

彼らが「僕のこと使ってください」と言ってきたタイミングで、たまたまドライバー仲間がトラックを廃業するので売りたいと言ってきたので、そのトラックを引き取り「使ってください」と言ってきた人を仲間に取り込んだのがきっかけです。


―――そうなのですね。そこからどのように拡大して行ったのでしょうか?

不思議と人が集まる時って集まるのです。そういう時は、仕事も入ってくるし、車を中古で買ってくれませんかという依頼も来るという巡り合わせが重なるような気がします。「じゃあもう一台買ってみようか」というのが、5年くらいの間に4〜5台ありましたね。

自分から車を買って仕事を伸ばそうということではなく、流れの中で、一人ひとり増えて規模が拡大していったという形です。未だに売り上げの目標などは立てたことがないんです。なぜかというと、売り上げ目標を立てようとすると、今いる従業員が頑張ってしまうじゃないですか。

そうすると、得てして上手くいかないことの方が多い気がするのです。例えば、無理に営業をかけたり、運転手に時間外の無理な運送をやらせてしまったりということが絶対に起きてしまう。ですから、あえて売り上げ目標や車の台数目標を立てないようにしていますね。

基本的には目の前の仕事をしっかりやる。しっかりやっていると、お客さんも自然に増えて、ビジネスもいいように回って行くのではないかなと考えています。


―――目の前の仕事をしっかりやるというのは大切ですよね。

売り上げ至上主義になってしまうと、どこかでボロが出てくると思います。もちろん、最初からそういう思考だった訳ではありません。ある程度5台・10台と増やして行く中で、「あれ、行けるじゃないか」と言う感覚に陥り、調子に乗ってしまった時期もありました。「ツッパしっちゃおう!」みたいな(笑)。けど、やっぱり失敗するのです。

また、昔私がまだ若かった頃の話ですが、私がドライバーと面接して話している時に「やる気あるの?うちはキツくて給料も安いよ?」と聞き、「大丈夫です」と言うものですから、「じゃあ、明日から一週間分の着替え持ってこい」と言って一週間家に帰さないでキツい仕事をやらせました。

すると、キツいのが嫌いな人はその時点で辞めていきます。逆に1ヶ月続くと定着します。今は違いますが、最初に楽をさせるとキツい時に音を上げるので、そのような方法を取っていました。当時、手積みできない人とかは、トラックの運転手自体が厳しいと思っていましたね(笑)。今は全然、そんなことは気にしていないのですが。






―――トラックのデザインも橋本さんがやられているのでしょうか?

そうです。結局、運送会社ってトラックが顔じゃないですか。綺麗なトラックはみんな乗りたがるし、大切に扱ってくれますよね。ですから、そこにはお金をかけていいと私は考えています。

うちのトラックに乗りたいと言う理由で、うちの会社に来る若い人も多いです。ブルーに赤いラインを入れて、ちょっとインパクトを強めに作っています。お客さんにはセールスポイントにはなりませんが、従業員には「うちのトラック、いいのが多いよ」「頑張ると、新車にそのうち乗れるよ」と言うセールスポイントになりますよね。


―――二十歳から独立して、今現在は会社を経営されていますが過去に「こうしておけばよかったな」と思う部分はあるのでしょうか?

反省は凄く大切だとは思うのですが、私自身、あまり過去を振り返らないタイプなのです。「あの時、ああしとけば良かったな」と思わないで「次、こうしよう」と考える人間なので、あまり過去のことは気にしないですね。未来しか来ない訳ですから、過去のことをネタして未来に活かしていかないと、未来に一歩踏み出す時に鈍るのではないかと考えています。

あとは自分の頭が悪いので、忘れてしまいますね(笑)。良い部分とも言えますが、本当に忘れてしまうのです。良いことも忘れてしまいますけどね(笑)。


―――常にトラブルの多い業界ですもんね。

交通事故や商品事故、お客さんからのクレームが起きた時は、ドライバー本人に『起きたこと』『同じことが起きたない為の対策』を書面に書かせています。

問題の解決方法はどうしたら良いかと言うのを、起こした本人と会社の人間で話し合って対策していますね。そうでないと、同じこと何度も何度もやってしまいますので。そこが一番重要かなと思います。『原因と対策』これは大切ですよ。


―――生鮮食品の配送をメインにやられているということですが、4トンと2トンがメインなのでしょうか?

4トンは今現在ほとんどないですね。2・3台ほどしかないです。2トンは12台ほどあって、あとは全部大型です。


―――生鮮食品をメインに選んだ理由はあったのでしょうか?

最初は家具の運送をやっていた訳ですが、その中で、トラックを装飾した話は先ほどお話しましたよね。それが原因で、当時の家具屋さんが厳しくてクビになってしまったのです(笑)。

家具のメーカーの部長さんに呼ばれて「トラックを取るか、仕事を取るか、どっちかにしろ」と言われまして、「トラックを取ります」と言ったらキレられました(笑)。結局、「明日から来るな」と言われてその会社を辞めました。

辞めたのは良いものの、職が無くなってしまいまして。仕事を回してもらうために入ったのが生鮮食品の配送でした。装飾されたトラックとドライバーは大体一つの場所に集まるのですが、その大体が市場だったのです。そして、装飾トラックの仲間のつてで市場のドライバーに入りました。

ですから、生鮮食品がやりたくて入った訳ではないんですよ(笑)。生鮮食品しかできなかったのです、装飾されたトラックを運転するには(笑)。






―――なるほど(笑)。御社の強みは、具体的にどう言ったところだと思われますか?

車の仕様に関しては、食品を冷やす冷蔵機能がついている車種を所持しています。

俗にいう冷蔵ウィング車です。あとは、ドライバーには「うちは生鮮食品の配送で食っていくんだよ」「みんながプロにならないと先がないよ」というのは言い聞かせていますね。

キャッチフレーズは『生鮮食品のエキスパート』なのですが、やはりみんながプロ・エキスパートにならないと成長できないと思っています。今いるメンバーは自分に与えられた仕事は、そのような意志を持ってやっていると思いますね。たまに、「何やってんだ!?」って思うようなメンバーもいますけど、そういう人に対してはこちらから少しずつ成長を促して行くしかないと思っています。


―――ドライバーを採用する際、どのような部分を見ていますか?

目だったり、やる気だったりです。逆に落とすのは、あまりにも喋りすぎる人とか経歴において嘘をついている人ですね。履歴書を見るとだいたい分かります。あとはやってみないと分からないので、採用・研修をしてそこから判断しますね。


―――新人ドライバーさんに関してはどのように教育しているのでしょうか?

プログラムというのは存在しません。うちは部署が4つくらい分かれていて、各々そこにリーダーがいるので、毎月一回役員会議を開き、その会議には私も出席して、話をしています。ですから、弊社独自の特別な訓練というのはないです。

一番大切なことは事故を起こさずに、商品を安全に運ぶということなので。事故を起こす人間というのは幾度かやってしまうじゃないですか。そういう人に関しては講習やテストをして、欠点をしっかり洗い出して改善して行いきます。それでも直らない人は、言葉が悪いですけど辞めていってもらうしかないと思っていますね。

1年に2回も3回も事故を起こす人がいて、原因は大体決まっているんです。そこが直らない以上はまた同じことを繰り返しますよね。うちの場合は大型を取り扱っているので、事故を起こすと事が大きくなるのです。かすり傷じゃ済みません(笑)。


―――先ほど「目標は立てない」とお話ししていましたが、逆に経営理念の中で大切にしていることなどはあるのでしょうか?

私自身が掲げているのはトリプルエーの『安全』『安心』『愛情』です。なかなか言葉で伝えるのは難しいのですが、このような理念を掲げています。ただ、実際に社員がどう受け取るかというのは社員それぞれによって違うと思いますので、実行する上では『安全』『安心』は「業務をしっかりやる」、『愛情』に関しては私自身が会社や社員に対して「愛情を持つ」という意味にしていますね。

週二回くらいは、朝出て行く運転手にご飯炊いておにぎりを作ったりしていますね。あとはうちの従業員の半分くらいは家族持ちで、それぞれの奥さんの誕生日祝いには花屋さんから花を取り寄せて送っています。奥さんが大切なのは私も重々承知していますから。

プロ野球の星野監督が中日の監督をやっていた時に、選手の奥さんに花をプレゼントしていたみたいで、それをみて「私もやろう」となりました。それをやるようになってから、社員が辞めなくなりましたね。

また、私自身が運転を教えようとすると、他の人と感覚が違うので上手く教えられずにコミュニケーションも上手くいかなかったのですが、管理職の人間を置くようになってからは一歩引くので、従業員とのコミュニケーションも上手く行くようになったのです。距離を置くことで、逆に従業員との関係が良くなりましたね。

一歩引いたところからドライバーたちをみていると、頑張っている人にはおにぎりを握りたくなるし、各々の奥さんには花を送りたくなります。それを私自身が10年20年と喜んでやれているのが、強みなのかなとも思います。もしくはアホなところとか(笑)。






―――今後の業界について橋本さんの見解を教えてください。

分からないですね、予言者じゃないんですから(笑)。ただ、先日テレビを見ていたら羽田市場の過去と現在についてのことをやっていました。その羽田市場を作った社長はサラリーマンを最初やった後、自分の会社を立ち上げる為にいきなり物流業界に入ってきたそうです。

北海道や九州の魚は東京では生で食べられませんよね、運んだとしても傷んでしまうので。それに関して、羽田空港にデポを作って朝獲った魚をその日に東京の人に食べさせることができる仕組みを作ったのです。今では急成長しているみたいで。

「やったことないことをやる」のも大事ですし、周りの人が困っていることを「こうしたら解決するよな」と行動に移すことも大切だと思います。これがキチッと出来れば、それこそサービスになりますよね。これからの物流のヒントはそれなのではないかと思います。

ただ、うちが今こういう仕事をやっていて、5年後10年後のプランというのは残念ながら無いです。未来は分からないので。逆に、先は読めないから面白いのでは無いでしょうか『生鮮食品といえばうちの会社』となれるようにコツコツ努力して行くしか無いです。


―――今まで経営してきた中で、『最大のピンチ』はどんなことでしょうか?

業務停止命令に関して色々ありましたが、喋りたくないです(笑)。今から15年くらい前ですかね、横浜でサミットがありまして世界中の首脳陣が集まっていました。当時うちの会社はよく横浜に行っていたのですが、横浜にて過積載で捕まってしまいました。当時4トン車がたくさんあったのですが、その車に倍以上の重さの荷物を積んでいたら、たまたまそれが捕まったという話です。

それが新聞とニュースに載ってしまいまして。その時は神奈川県警が小さい事件でも全部ニュースにしろという方針を立てていたので、報道されてしまいました。そして、ニュースに載った際には大騒ぎになりまして、道路交通法違反ということで陸運局の監査が来て、2週間の事業停止を言い渡されました。おそらく周りの人は、うちの会社は潰れると思っていたのでは無いでしょうか。

市場の仕事をやっていた訳ですが、市場の人から「伍代商事さんが潰れると、うちの会社も潰れる」と言われました。ですから、なんとか協力して頂き、小さなトラック等を無料で全部貸してくれ、レンタカー等を借りたりしてなんとか2週間を凌ぎました。

もちろんその間にいなくなったお客さんもいましたが、8割・9割のお客さんが残ってくれて、その残ってくれたお客さんが「お前のところ、仕事ないだろうから」と仕事をバンバンと入れてくれたのです。逆に仕事が増えましたね。

もちろん辞めて行くドライバーもいました。ただ、会社がピンチな時に辞めて行く運転手は残って欲しく無いですね。そう意味では良かったのかも知れません。半分くらいのドライバーはレンタカー等で業務を継続しましたが、もう半分には仕事が回せなかったので「業務停止期間が終わったらまたしっかり仕事を回すので、この2週間は違うことで稼いでくれ」と伝えました。その2週間が終わって帰ってきた彼らは急成長していましたね。ピンチがチャンスのようになったのです。

当時はいい加減にやっていたのですが、その事件が起きたあとは、運行管理業務を徹底し再発防止に務めました。その辺りから、うちの会社も少しずつ変わっていきましたね。あの事件がターニングポイントだったのかも知れません。






―――その2週間で諦めなかったのが、ピンチをチャンスにできた要因だとは思いますが、どのような心境でいたのでしょうか?

「やるしかねぇ」という心境でしたね。他に何もできませんからね。18歳からこの業界を始めて、それしかやって来なかった訳ですから。取り敢えずダメになるまでやろう、そう思ってやっていました。あれがなければ、今こういう会社にはなってなかったと思います。まぁ、他にもたくさんピンチはありましたけどね(笑)。


―――ひとりの経営者としてどんな時も諦めてはいけないなと感じました。

そうですよね、それは基本だと思います。諦めたらそこで終わりですから。スポーツでもなんでもそうですが、諦めてはならないと強く思います。時には諦めないでやると言っていてもダメな時はありますが、そのプロセスが大切なのだと思います。精一杯やってダメだったのならしょうがないやとなれるなら良いと思います。


―――最後に、物流業界を盛り上げて行く同士に何か一言お願いします。

少し矛盾するようですが、「頑張りすぎないで」というのも今の時代は大切なのかなと思います。まぁ、こんな私に言われるより、綺麗なお姉さんに言われた方がジーンと来るとは思いますが(笑)。


伍代商事 橋本さん




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